年明けの3日、建築家の原広司さんが88歳の生涯を閉じられました。
原広司さんは私の一歩先を行く建築家でした。世界の集落調査で育まれた感性から生まれた「ヤマト・インターナショナル」に強烈なインパクトを受け、ブックケースに穴が開いた「建築に何が可能か」を購入しました。その頃の私にはちょっと理解できない箇所もありましたが・・。その後の「梅田スカイツリー」、「京都駅ビル」などその革新性には驚かされ、敬愛する建築家のお一人です。
私が70代に入ったころ、建築図面の海外流失を危惧した文化庁により、建築資料を収集・整理・保管する「国立近現代建築資料館」が台東区湯島に建設されました。そこでの主任建築資料調査官としての最後に業務が原広司+アトリエφの設計図面を受け入れることでした。
当初、建築資料館は存命建築家の資料は受け入れないとの考えがありましたが、事務所の閉鎖を進めている原広司+アトリエφの資料は、この機を逃さず受け入れるべきだと説得し受け入れを進めました。資料の調査と原広司さん、原若菜さんにヒヤリングをするため何度も渋谷のアトリエφに伺い、ヘビースモーカーの原さんの煙草の煙にまみれながらですが、資料に関わるいろいろなお話や集落調査などのお話を直接お聞きする事が出来たことは得難い思い出です。
作業が終了に近づいたころ、「建築に何が可能か」を持参し、サインをお願いしたところ、ぼろぼろのブックカバーを見たときのうれしそうな顔が忘れられません。
ご冥福をお祈りいたします。